司馬遼太郎「覇王の家」その2
第2回目のテーマは、「「律儀さ」が世を動かす」でした。この回のNHKの説明は、こちら(←外部リンク)から。
この2回目は、特に「信長との関係」についてでした。桶狭間の合戦(1560年、信長(勝利) vs 今川義元)の後、清洲同盟を結ぶ。これ以降の信長が亡くなるまで同盟関係を結んでいた。家康が幼い時、今川家の人質、また正室・築山殿は今川家出身、と今川家と近かったが、この桶狭間の合戦をきっかけとして、信長の方に近づいていく。
家康は、織田家の人質になっていた少年時代、天才、信長には敵わない、また、信長と共に天下統一を行いたいと思ったのではないか? そのため、同盟を結んでから一度も離れていない。律儀に関係を守っていた。司馬は、このような信長との関係を「家康は信長の下請会社の社長にあたる」としていた。 このような関係を維持するためには、「律儀さ」が必要で、正妻・築山殿や長男・信康(信長の娘と結婚)を殺されようとも、時には富士山に接待登山を行ったりと、信長に仕えていた。ここでも主人公の性格で説明している。やがて、信長にも認められていく。
本能寺の変で、信長が亡くなり、状況が一変した。信長に代わり、天下を目指して行くこととなった。





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