司馬遼太郎「覇王の家」その1
第2冊目は、司馬遼太郎「覇王の家」を取り上げます。NHK 100de名著では名著132番目で、初回の放送は2023年8月です。この回のNHKの説明は、こちら(←外部リンク)から。
この本は、1970年1月から1971年9月まで「小説新潮」にて連載されたもので、司馬遼太郎47歳の時の小説です。またこの小説では、「人間・徳川家康」の幼少期から天下を取るまでを描いたものです(ただ、別の小説で取り上げている関ヶ原の戦い、大坂の陣などは触れていない)。
この本は、1970年1月から1971年9月まで「小説新潮」にて連載されたもので、司馬遼太郎47歳の時の小説です。またこの小説では、「人間・徳川家康」の幼少期から天下を取るまでを描いたものです(ただ、別の小説で取り上げている関ヶ原の戦い、大坂の陣などは触れていない)。
司馬遼太郎は、大阪市出身の歴史小説家で、特に人物中心主義の流れを汲んでおり、膨大な量の資料を検証したうえで、物語に登場する人物像を作り上げ、物語に登場する人々の生きざまを、生き生きと魅力的に描いた作品が多いのが特徴とされています(詳細は、Wikipedia)。
第1回目のテーマは、「「三河かたぎ」が生んだ能力」というテーマでした。
この小説の最初の章は、「三河かたぎ」となっており、家康が生まれた三河国(愛知県東部)についての国民性の考察から始まっています。
対比
・尾張(信長):利口者 <ー>三河(家康):素朴、忍耐強く、義理人情に厚い律儀者
(「人国記」←室町時代後期に成立し、日本の各地域の地勢や風俗・気質などを述べたもの。これを参考にしたか?)
・尾張:近世(合理の世界) <ー>三河:中世(情の世界)、中世的な情念や中世人という気性がある
家康:三河は尾張に比べると田舎で、この三河国の特徴が家康の性格を作ったとし、キャラ決めしている(こういう人だからこのような凄いことが出来たといった)。
また、後でも出てきますが、三河人のなかに日本人気質を見出しています。
小説では、これに、「史実の引用」をしており、司馬さんの作品では、このキャラ決めと史実とのバランスが上手。
小説が発表された当時、学生運動、社会主義思想、唯物史観(「物質的な生産力や生産関係の変化が、歴史を動かす原動力となる」という考え方で、マルクス主義思想の根本となっていた。) という考え方が、が隆盛しており、これに司馬は、人間史観ともいうべき、人間中心で歴史を捉えようと挑戦していたと。
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